「心地よい社会」のためにやさしさ指数高いHSPは堂々と一日一善したらいいよね、と思った

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「心地よい社会」のためにやさしさ指数高いHSPは堂々と一日一善したらいいよね、と思った
今日は一日、なにが忙しかったんだろうか?
そんなふうに、よくわからない時間の使い方をしてしまう日が、ありませんか?
わたしは今日がそのような日でした。
仕事らしい仕事といえば、
講座のレクチャーを90分した、くらいのものでした。
なのに、ずっとあわただしかったのです。
どうしてなのかを検証してみたところ、
ひたすら人に合わせていたから
でした。
宅急便に約束した時間を守って家にいる必要があったり、
インフルエンザの予防接種の予約をしている次男と一緒に病院に行ったり、
遅刻していく子供を学校まで車で送っていき、
今日までに渡す約束の書類を作り(2時30分までの約束を2回延期してもらって結局最終渡せたのは3時20分)
それが終わったら小学生の同級生が遊びに来て、リビングでわいわいゲームしていて、
ZOOMで打ち合わせしていたら、子供が「寒いから習い事に行きたくない」と言い出して話を聞いて、
送って帰ってきたらおなかが空いていたので夜ごはんを作りながら自分のおなかを満たし、
次男の卓球用具代をすぐそばの銀行に振り込みに行き、
そうこうしているうちに、お迎えに時間になったのでお迎えに行き、
帰りの道々、明日必要な文具を買いにいく必要があることに気づき、
買って帰ってまいりました!
ああ、、、なにもしていない!!(笑)
やり残した家事が気になります。
今ごろ、洗濯機にピーピー呼ばれました(笑)
人(家族)の役に立つことばかりやっていた日だったと言えると思います。
でも、こればっかりだと、自分が疲弊していきます。
両方を半々くらいで満たせるのが、焦りもなく、仕事もできてよいのかもしれません。
先日、「人に親切にしたいんです」というメールをいただきました。
●人を助けたいという、思いにかられているのですが、具体的にどういうことをするといいでしょう?
というメールでした。
●道端で困っているお年寄りを見掛けては手助けするのが大好きで、「趣味」と言ってもいいくらい一日一善しています。
会社でいくら働いても何の感情も動かないのに、手助けした一瞬でとてつもない達成感を感じます。幸せになります。
これを仕事にしようとは思ってませんが、より正しい手助けができるようになりたいと思っています。
こうしたメールをいただくこともあります。うれしいです。
この「ちょっとした親切」「ちょっとした気遣い」「ちょっと人の役に立つ」ことって、
世の中全部をひっくり返すようなことではないかもしれません。
お金にもならないし、自己満足だと思われちゃいそうなことかもしれない。
ですが、
一善したときの自分を好きだという気持ちは、
何物にも代えがたい
のではないかと思うんです。
自然に人の役に立っている自分を体感することのために生まれてきたかもしれない。
HSPは、善を喜びとする感覚を潤沢にもって生まれることができている人たちではないかと思います。
喜びを感じている自分を喜べるのであれば、
十分自分を喜ばせてあげることをしたらいい。
遠慮せずに、一日一善したらいい。
って、思いませんか?
新宿でセッションするので、よく新宿に行くのですが、
新宿ってずっと工事していて、構内が薄暗いですよね、、
その薄暗い中、
具合悪そうに座り込んでしまった男性がいて、
ちょっと迷ったのですが近寄って声をかけました。
若い男性でしたが、
声をかけてもまったく反応できず、
意識なくなっちゃってるのかな、、と思っていたら、むくっと起き上がり、よろよろと「仕事にいかなきゃ」と歩き始めました。
「仕事に行くんですか?」
「その状態で行くんですか?」
と聞くとこちらをじっと見て「行きます」とのことでしたので、そこでお別れしました。
PTA等引き受けたりすることや
人前に出て仕切ることをみんなが避けるような時代だと思います。
ぜんぜん、無償の役割を引き受けてくれる余裕が無くなってきたのかな。と残念だけど仕方ないように思います。
そんな中で何かを引き受ける人たちのことを、私は尊敬しております。
貧乏くじを引くみたいに言われたり、
NOが言えないんだねと、言われたりもするけど、
どんどん引き受ければいいと思っています。
そういうことやる人は変わった人だ
という目で見ることが「普通」の社会はおかしい。
ぎすぎすしています。
もっと、大らかな人たちで埋め尽くされてほしい。
経済が成長していかないから、社会がどんどんぎすぎすするのだったら、
経済を伸ばしながら大らかさを取り戻せないだろうか?
今日一日の「他人のための一日」を思い起こしていたら、
「心地よい社会」にするために自分らは堂々と一日一善したらいいよね、と思った
という話でした。まとまりなくすみません。